落椿の蕊のなかから、蜜をむさぼったものの顔があらわれる。その口は金色の花粉にまみれている。蜂か虻のたぐいであろうか。
椿は虫や鳥を媒介して受粉を行う。椿のような植物の生命において、おそらく受粉(送粉)は、最も重要な営みであろう。椿は、その花粉の媒介者をまねきよせるために、多量の蜜を分泌して、甘い匂いを漂わせる。それだけなく、椿のあざやかな花弁の色もまた、この媒介者に容易に気づかれるためだとも言われる。
この句の椿は、蜜を吸われているさなかに落ちたのかもしれない。虫は椿の花もろとも地面に落ち、驚いて顔を出したのだ。まるで一心不乱にご馳走をたいらげたあとような、至福の表情を浮かべているかのようである。
まさに待ちにまった春のよろこびそのものであろう。
出典:句集『古志』