日のあたるところがほぐれ鴨の陣 飴山實

引っ越ししてからか、飴山實全句集を詠んでからか、どうも鴨という生きものが気になって仕方がないのです。鴨は冬の季語になりますが、あのフォルム、しぐさ、声、表情、どれをとっても、なんともいえぬ愛らしさを感じるのです。私がいま住んでいる武蔵野の地には、井の頭公園、善福寺公園、和田掘公園、石神井公園など、鴨が越冬にやってくる水辺が多くあります。マガモ、カルガモ、オナガガモなど種もさまざまですが、私のお気に入りはオナガです。鴨と人との付き合いは古く、万葉集にも多く詠まれています(余談ですが、俳句の切れ字である「けり」や「かな」は、大野晋によれば「けるかも」からきているらしいです)。もちろん、この地にやってきて冬を過ごしてきたのは、我々よりも鴨のほうが古いはずです。武蔵野の地は万葉の時代と比べたら様変わりしてしまったことでしょう。どうやら武蔵野の地にわく水の量も、年々減っていて、今の池の状態は人が地下水をくみ上げて維持しているのだそうです。世界がいかに変わろうとも、鴨たちのいとなみが未来永劫ずっと続いて欲しいと願うばかりです。さて、この句ですが、主題はもちろん「鴨」ですが、もっといえば鴨の「ほぐれ」であろうと思います。あかねさす水面を浮遊する鴨たちの姿が、ありありと目にうつります。鴨の陣がほぐれることであらわれる水面。そこに照り返す光が、読み手の視界をもつつんでしまうかのようです。

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