西鶴、芭蕉、そして秋成のこと。

最近、西鶴、芭蕉、秋成の関係に関心があります。

芭蕉は言わずもがなですが、西鶴も秋成も俳諧をやっています。西鶴は「矢数俳諧」といって、一昼夜かけてどれだけたくさんの句が詠めるかを競うパフォーマンスで、二万三千五百句(ほんとうかどうかは分かりませんが)という前人未到の記録を打ち立てた人です。

西鶴の文学は、『好色一代女』にしろ『日本永代蔵』しろ『世間胸算用』しろ、封建的な制度の衰退と堺を中心とした商人文化や町人文化の興隆が金と色のうずまいたダイナミックな世界として描かれています。そこには革新的なものがあったと言っていいと思います。簡単に言えば、資本主義的なものが、伝統的な制度を破壊していくということです。芭蕉は、その西鶴の文学にある革新性を認めてはいました。しかし、それを「いやしい」といって退けました(保田与重郎『芭蕉』)。それでどうしたかというと、旅に出たわけです。なぜ旅なのか。

元禄時代は、まだまだ西鶴のいる上方に文化の中心があったけれども、芭蕉はその上方の武士の家に生まれ、早くから貞門派と呼ばれる伝統的な俳諧を学びます。しかし、三十歳を過ぎてから江戸に入り、当時の前衛文化であった談林派の俳諧にひたります(ちなみに西鶴は談林派)。芭蕉が当時、再開発の真っ最中といっていい江戸の社会に暮らして経験したものは、江戸には西鶴が描くような上方の縦糸と横糸が複雑に絡み合うようなダイナミックな力ではなく、きわめて平面的にととのった、今でいえば「郊外」のような社会ではなかったかと思います。芭蕉は、そこにも嫌気がさす。西鶴的な世界の先にあるものとして見いだすべきであった江戸の社会にあっても、芭蕉が理想としたような世界は何処にもなかったわけです。そうして有名な芭蕉開眼の古池の句が生まれるわけですが、芭蕉はそれから晩年の十年間は「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」という辞世の句にあるように旅に生きる。芭蕉にとって「旅」とは何だったのかという問題も非常に大きなものをはらんでいると思いますが、芭蕉のよりどころは、西行でした。

芭蕉死後、「蕉門」と呼ばれる俳人たちは、こぞって旅をして発句を詠む。芭蕉と蕉門派を痛烈に批判したのが、秋成です。芭蕉と西鶴は同じ元禄の人ですが、秋成はそれより少しあと、十八世紀後半に活躍した人です。秋成は、そもそもは俳諧でデビューしています。しかも、秋成の発句は、直接的に交遊があった蕪村や几董以上に、芭蕉の句の影響を強く受けているといわれています。秋成はその後、国学を学んで、その俳諧を打ち切って読みもの作家となり、『雨月物語』や『春雨物語』といった名作を残します。その秋成は『去年の枝折』という紀行文の中で芭蕉のことを「ゆめゆめ学ぶまじき人の有様なり」と、芭蕉の生き方そのものまで痛烈に批判するのです。なぜ、若き日に影響を強く受けたはずの芭蕉を、秋成がそれほど嫌ったのか。それは「旅」に関係しています。

西行は旅に生きざるをえなかったが、芭蕉はそんな必要はない。江戸で成金を相手に相当、金を儲け、その金を費やして出る旅などは、今の旅行のようなものだと、秋成はいうのです。

中世的な社会が崩れても、富の不平等はまったくなくならない。むしろ、互酬的な再分配の仕組みが弱まるほど、その差ははっきり見えてくるわけです。とりわけ、江戸は堺のような伝統的な商業都市のようなところにあった抵抗もなしに、すっきりと格差社会ができていたのではないかと思います。そのような社会で、芭蕉が人気をはくし、富をえて、世俗的な社会から自由になった気でいるように、秋成には思えたのでしょう。

つまり、秋成には、芭蕉が西行においては真であった漂泊や放浪をただ気取っているだけに見えた。秋成が批判した旅とは、決して現実は何も変わっていないのに、あたかも現実と距離をとっているような気分にひたる、そういう旅であり、そういう生き方です。秋成にとって、芭蕉の開眼とは閉塞した社会から自己逃避する場所(内面)を開いたにすぎず、蕉門派はむしろそこに閉じこもろうとしているように見えたのかもしれません(ちなみに秋成の紀行文は、芭蕉のような漂泊の心などなく、ガイドブック的なんだそうです。秋成の「去年(こぞ)の枝折」という紀行文のタイトルをみても、西行法師の歌「吉野山去年の枝折りの道かえて まだ見ぬかたの花をたずねん」からとられているわけですから、西行から芭蕉というラインそのものが「去年の枝折」だと言っているような気もしてきます)。

西鶴が描いたような立身出世の物語のようにはいかず、芭蕉の開いた自己逃避の内面に閉じこもってしまう。そういう「格差社会」の住人を秋成は批判する。そんな秋成の思想は、かなりスピノザ的なのではないかという気がしています。暇なときにまた調べていきたいと思います。

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