金子兜太遺句集『百年』後編

金子兜太さんの御宅にうかがったことがあります。今から六年前、兜太さんが九十四歳のときです。雑誌の取材にかこつけて、さまざまな問いを投げまくりました。今思えば、無謀というか、無遠慮というか。この若造め、と思われていたかもしれません。体調もあまりよくない感じでしたが、それでも一つ一つ真摯に答えてくれました。とくに柳田國男と時枝誠記について話が聞けたのは、生涯の宝物です。兜太さんが1970年に書いた論文「構築的音群」についてたずねたところ、「書いた自分でもわかんねえーんだよ」といって気持ちよさそうに笑ったのが、印象的でした。論文から学べることだけでなく、笑顔から学べることもあります。

金子兜太遺句集『百年』の後編です。最後の四句は、亡くなられる数日前の句です。雑誌にも掲載されました。仕事帰りの電車で、胸がこみ上げてどうしようもなかったのを覚えています。

炎天の墓碑まざとあり生きてきし
かえりみる。

戦さあるな人喰い鮫の宴あるな
願い、というより、呪い。

わが師楸邨わが詩万緑の草田男
師と詩、
心と言葉の根っこ。

妻よまだ生きます武蔵野に稲妻
びかびかと呼ぶんだな。

凍天に足腰萎えてゆく吾ぞ
老いを受けとめる。

寒紅梅毒舌猥舌の日々ぞ
下品にして上品な。

冬日向歩けばいいのに歩かない
ほんとうは歩けない。

竹の秋頭ぶつけて蜂と吾れと
寝ぼけているもの同士。

谷に墜ち無念の極み狐かな
己も紙一重。

山法師やがて月明に消える
はかない。
そして、寂しい。

眠るときキヤベツばりばり食う音す
静寂をやぶる音、
そのかなしくも滑稽な。

山を捨て街空をゆくかみなり
少し不安な神鳴り。

この窓やでんぐり返り秋の鴉
この窓がスクリーン。

鳥墜ちる真冬必死の空なり
必ず死ぬと書いて、必死。

雪晴れに一切が沈黙し

犬も猫も雪に沈めりわれらもまた

河より掛け声さすらいの終るその日

日の柔ら歩ききれない遠い家

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