野見山朱鳥精選句集『朱』

野見山朱鳥は、1917年生まれ(兜太さんの2歳上)で、1970年の2月26日に亡くなっています(享年52歳)。1970年といえば、三島由紀夫の死んだ年です。どちらも夭折ですが、随分異なります。朱鳥は生涯の三分の一は病床にあったといいます。同時代の鶏二などとは異なり、いわゆる「客観写生」からはみ出していく作家ですが、病床という作句の条件がそうさせた面もあると思います。今回は、代表作をあつめた精選句集『朱』より選ばせていただきました。

一貫して、ある種の「寂しさ」を感じました。ただそこには単に寂しいだけではないものも感じます。それは「美」や「詩」などといってしまえば、すぐに消えてしまうような何か、自己を超えた世界をのぞかせてくれます。宗教的とも求道的ともいえるような世界です。ベースにあるのは何かに突き放されている感覚です。これは、とても客観や主観という言葉ではいえないものではないでしょうか。もう少ししっかり分析してみてみたい課題です。

『曼珠沙華』

曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて

虹消えし空より乳房赤坊に

静けさに耐へすに曲がり蜷の道

昼寝覚発止といのちうら返る

大干潟立つ人間の寂しさよ

曼珠沙華竹林に燃え移りけり

『天馬』

曼珠沙華吹き消されたるごとく枯れ

夕桜この世に残すもののなし

夏山に魂を置き忘れけり

『荊冠』

生涯は一度落花はしきりなり

人間に夜なくばさみし菜殻燃ゆ

秋風や書かねば言葉消えやすし

罰よりも罪おそろしき絵踏かな

火の山にたましい冷ゆるまで遊ぶ

民衆は予言を待てり初暦

『運命』

鶴舞ふと一天露を含みけり

弾痕と聖堂と冬三日月と

歌留多読む恋はをみなのいのちにて

降る雪や地上のすべてゆるされたり

花となり風となり意のなすままに

世を去りしひとと牡丹を見てゐたり

『幻日』

みほとけのまへ白息のわれかすか

ふる雪に手をのべて時とどまらす

『愁絶』

黒髪の白変しつつ野火を見る

影のなき夢の中より昼寝覚

冬の暮灯さねば世に無きごとし

遠きより帰り来しごと昼寝覚

砕けたる虹の破片を埋葬す

わが影を遠き枯野に置き忘れ

うれしさは春のひかりを手に掬ひ

一枚の落葉となりて昏睡す

春を待つ石のねむりのみとり妻

いのちあり寒林の見えはじめたる

腹水の水攻めに会ふ二月かな

亡き母と普賢と見をる冬の夜

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