風呂吹のとろりと味噌の流れけり 松瀬青々

芯の芯まであつあつになった風呂吹き大根の上に、濃厚な味噌がかかる。大根があまりに熱いため、かけた味噌がとろけて、その側面を流れ落ちる。このわずかな瞬間をスローモーションでとらえた一句です。こういう映像は、映画やテレビで繰り返し見せられている現代の私たちの目には、もはや見慣れたものかもしれませんが、当時の人の感覚でこの句をとらえると、まるで目の前にあるかのように、美味しそうな感じがしてよだれが出てきます。「美味しい」という感覚は、たんに素材の成分や舌の味覚だけの問題ではないということが分かります。つまり、情報に還元できないものを含んでいると思うのです。「美味しい」という情報だけが投ぜられても、読み手の心にはしみ込まない。むしろ逆に「美味しい」という気持ちが受け手の心の中から湧きあがってくるようなものでなければ、「実感」にはなりえないわけです。俳句の短さがあってこそ、再現できるのではないかという気がします。

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