はたはたを吹きもどしけり潮の先  飴山實

はたはたとは、飛蝗(ばつた)のことで、秋の季語です。冬の季語に魚のはたはた(鰰)があるので混同しそうですが、この句の場合は、飛蝗のことだろうと思います。昨年の秋、江ノ島で蜻蛉(とんぼ)の群れが、潮風に向かい合うて飛んでいて、空中に停止して夕陽を浴びてかげろうている光景をみたとき、この句を思い出しました。しかし、この句は蜻蛉ではなく、飛蝗です。蜻蛉ならばともかく、なぜ飛蝗が潮の先まで飛んだのか。飛蝗は蜻蛉のようには飛べないので、着地すれば、潮の中でしょう。しかし間一髪、潮の先すれすれを飛蝗は吹き戻される。どこか滑稽な劇のようです。「はたはた」という言葉の音が軽いから、深刻さを感じさせないのかもしれません。中七の「吹きもどしけり」も擬人的で面白いですが、それよりも飛蝗を吹きもどす力を感覚的にとらえるほうが、この句にはふさわしい。なぜなら、ここにも飴山實の皮膚感覚がひそんでいるからです。その力を感じ取るのは、その体を吹き戻すほどの潮風の圧力をうけとめる飛蝗の羽根、その透明な「皮膜」です。この「皮膜」は、陸と海(=固体と液体)との間であり、さらに帰還と水死(=生と死)の間でもある。もちろん野暮な話にする必要もなく、皮膚で味わへばそれでよい一句です。

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