熊野なる沖のありその夏嵐 松瀬青々

ご存知、熊野とは紀伊半島の南端、和歌山県と三重県の県境、奈良からみると吉野の山の向こう側です。平地がほとんどなく、険しい山と荒々しい海とがこすれあっているような場所です。歴史的には大和朝廷より古く、古来、神話的な空間としてみられてきました。熊野本宮大社、速玉大社、那智大社という三大社があり、神道系の地とみなされることも多いのですが、実は神仏習合(本地垂迹)が色濃く残る場所でもあります。熊野詣は、そのいい例です。また地形的に広い農地が確保できないということで、国家の支配が及びにくい場所であったと思われるのと、そこは東と西をつなぐ海上の交通拠点でもあり、早くから自由都市として栄えていたというのも、大きな特徴ではないかと思います。とにかく、松瀬青々も熊野に行っているのかと思っただけで、その句をとりあげたくなる、熊野とはそういう場所なのです。

さて、この句ですが、「ありそ」は「荒磯」です。伊勢湾台風は有名ですが、紀伊半島は昔から台風が多い地域でもあります。そう思うと「夏嵐」では、あまりに直球すぎる感もあります。しかし、ときに意表をついてど真ん中に投げ込んでくるというのも、青々の句らしいところでもある気がします。また青々は、

〈夏艸や熊野はじめてみたるなり〉

という芭蕉に対抗したような句も同時にのこしています。こちらの句は、熊野という場所に「夢のあと」をみるどころか、圧倒的な自然、露骨な自然を目のあたりにしたかのような驚きが出ていると思います。

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