漱石の一句(6)累々と徳孤ならずの蜜柑かな

明治29年の作品にこんな句があります。

 累々と徳孤ならずの蜜柑かな

論語の「子曰く、徳は孤ならず、必ず隣有り」(徳不孤、必有鄰)を使った一句。徳のある者は決して孤立することはなく、必ず隣に慕ってくる者がいるという意味です。ご存知の通り、漱石は「木曜会」をはじめとして、弟子が豊富で、後年「漱石山脈」と言われるほどでした。この句が読まれたのは熊本時代ですが、五校の学生が漱石を主宰にして、俳句結社(紫瞑吟社)を立ち上げるほど、すでにその「徳のある者」の傾向がみられます。

たしかに、漱石が徳のある人物であったことは、疑いようがありません。しかし、老子の言葉に「上徳は徳とせず、是を以て徳あり」(上徳不徳、是以有徳)という言葉があるように、ほんとうに徳の高い人は徳にしばられることがないと言われます。なので「徳は弧ならず」と声高に言ってしまえば、有徳とは言えなくなってしまいます。そう考えると、この「蜜柑」が上手く効いていることがわかってきます。つまり、論語を上手く脱臼しているようにもとれます。

つまり、この「蜜柑」はアレゴリーです。漱石が赴任した愛媛も熊本も蜜柑の名産地であり、もちろんその風土からきた素材ですが、この「蜜柑」にはそれだけではない、何らかの抽象性を帯びています。

徳治主義、つまり徳のあるものが民を治めるべきだという考えは、儒教の政治思想です。そもそも論語が書かれた時代は戦国時代であり、国家の枠組みが流動的で、価値観も安定しない下克上の時代です。簡単に言えば、儒教は争い合っている統治者への批判でもあったわけです。儒教だけでなく、諸子百家による哲学はそういう時代に生まれたものです。

漢学に通じていた漱石は、おそらく本来の徳治主義とは程遠い、明治政府に対して、違和感を持っていたのではないでしょうか。深読みすれば、そこに「徳孤ならずの蜜柑」を持ってきて、政権を批判しているようにもとれます。本当の徳を知るものたちは、政権のないところに累々と転がっているのだと。

漱石は晩年、国家から文学博士の学位記を授与されますが、辞退しました。辞退の理由は「是から先もただの夏目のなにがしで暮らしたい」というものだったそうです。漱石の「自己本位」は、このように自由な存在=蜜柑であることを貫くことです。

繰り返しますが、漱石には自然と弟子が集まってきて「漱石山脈」と呼ばれるような人のつながりを育てました。漱石は身分や権力によってではなく、自由な個人であることを貫いて生きてきたからこそ、人が慕ってきたわけです。結社もそういうものでなければならないと思います。

Web漢文体系
徳は孤ならず、必ず隣あり

徳治主義

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