桃の花満面に見る女かな 松瀬青々

桃の節句は、女性の節句であるということを忘れてはいけません。春は女性がもっとも女性らしく輝く季節です。万葉集にも大伴家持の有名な歌、〈春の苑(その)紅(くれなゐ)匂ふ桃の下照る道に出で立つ少女(をとめ )〉があります。満開の桃の花をうけて、紅に輝く乙女の笑顔。この句も、まさにそんな女性の顔にさした色を想像させます。また中国にも桃の花のような美女の話があります。唐代の詩人である崔護(さいご)が詠んだ「人面桃花」という漢詩で、この詩から有名な芝居にもなる話があるそうです。満開の桃の花にみとれて、そこに昔心を引かれた女性の面影を思い浮かべていると、その父が出てきて、娘はその男ことを食べ物も喉を通らぬほど思いすぎて、そのあげく死んでしまったことを告げる。悲しんで、その男がその娘の骸を抱きしめ祈り続けると、なんとその娘は生き返り、めでたく男と結ばれたという話です。この句は、まさにこの物語の最初のシーンになるのかもしれません。俳句はこのような物語の一切を捨て去ることで、照り輝く桃の花にぐっと近づく女性をありありと、その呼吸すら感じることができるわけです。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA