夏目漱石五〇句(千方選)

現存する漱石の俳句は二五〇〇あまり。
その中から年代別に五〇句を選ばせていただきました。

 [明治24年]
今日よりは誰に見立てん秋の月
 [明治25年]
鳴くならば満月になけほととぎす
 [明治28年]
思ふ事只一筋に乙鳥かな
蜻蛉や杭を離るる事二寸
たたかれて昼の蚊を吐く木魚哉
詩神とは朧夜に出る化けものか
 [明治29年]
うつむいて膝にだきつく寒さかな
神の住む春山白き雲を吐く
物言はで腹ふくれたる河豚かな
永き日やあくびうつして分れ行く
涼しさや奈良の大仏腹の中
凩や海に夕日を吹き落とす
日あたりや熟柿の如き心地あり
どつしりと尻を据えたる南瓜哉
 [明治30年]
餅を切る包丁鈍し古暦
ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり
落ちさまに虻を伏せたる椿哉
木瓜咲くや漱石拙を守るべく
菫程な小さき人に生れたし
真夜中は淋しからうに御月様
吏と農と夜寒の汽車に語るらく
野分して蟷螂を窓に吹き入るる
累々と徳孤ならずの蜜柑かな
 [明治32年]
我に許せ元日なれば朝寝坊
安々と海鼠の如き子を生めり
白き蝶をふと見染めけり黄なる蝶
 [明治33年]
秋風の一人を吹くや海の上
稲妻の砕けて青し海の上
 [明治34年]
吾妹子を夢みる春の夜となりぬ
栗を焼く伊太利人や道の傍
 [明治35年]
筒袖や秋の柩にしたがはず
 [明治36年]
引窓をからりと空の明け易き
 [明治37年]
鳩鳴いて烟の如き春に入る
 [明治38年]
朝顔の葉影に猫の目玉かな
 [明治40年]
若葉して又新なる心かな
 [明治41年]
飯蛸の一かたまりや皿の藍
南天に寸の重みや春の雪
 [明治42年]
小袖着て思ひ思ひの春をせん
俊寛と共に吹かるる千鳥かな
 [明治43年]
生残る吾恥かしや鬢の霜
仏より痩せて哀れや曼珠沙華
生き返るわれ嬉しさよ菊の酒
生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉
朝寒も夜寒も人の情かな
ぶら下る蜘蛛の糸こそ冷やかに
肩に来て人なつかしや赤蜻蛉
有る程の菊抛げ入れよ棺の中
 [明治44年]
腸に春滴るや粥の味
 [大正3年]
秋風の聞こえぬ土に埋めてやりぬ
ちらちらと陽炎立ちぬ猫の塚

*すべて『漱石全集第十七巻』(岩波書店)より

3件のコメント

  1. 明治24年の句に「秋の月」とある。俳句では、まずこういう言い方はしない。挨拶句とはいえ、漱石には季語への意識が希薄であったと思われる。ただ、拙を守るべき漱石ならでは。

  2. 漱石の俳句は松山熊本時代と修善寺の大患後の作品がいい。ただ現存する句の多くは習作。それ以外は手紙に添えた挨拶句。

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