日本語の詩のリズム|金子兜太さんに聞く(前編)

*2013年12月、某雑誌の特集「日本語の居場所」というテーマで、金子兜太さんにインタビューをさせていただきました。一部ですが、以下はそのときの内容を書き起こしたものです。

―――日本語の居場所がなくなる危機。この問題は、数年前、水村美苗さんが著書『日本語が亡びるとき』の中で大きく提起をされましたが、明治の文明開化期であれ、第二次大戦直後であれ、この危機感は強烈にあったはずです。むしろ、今は危機感を失っているだけなのかもしれません。ただ重要なのは、保護主義だ、いや新自由主義だという議論ではなく、まず日本語をよく知るということではないかと思うのです。

全くそうだよ。ビジネス用語であれば、オレは英語でいいと思う。しかし、やはりどうしても日本語でなければ書けないことがある。あるいは、日本語だから書けたということがある。俳句のような詩は、まさにそういうものだろう。

芭蕉、蕪村、一茶、子規、この四人の俳句を英語訳している本があります。千数百句ぐらいあったかな、たいへん大きな本です。この本にアメリカのイマジストが注目したんですね。そして、英語の俳句を作る運動を始めたわけです。俳句と言っても俳句の真似をしているわけなんですが、三行の短い詩の形式です。それを彼らは「HAIKU」と名づけているわけです。

いまやアメリカの小学校にはHAIKUの教科書があって、一授業をやっているそうです。英語圏のHAIKU人口は二百万人を下らないとも言われています。たいへんな数ですよ。向こうで詩というと、普通は長くて、荘重なものでしょう。庶民がやれるものではありませんね。だから珍しいんでしょう。

ゲーリー・スナイダーというイマジストも、その運動の中心的な人物ですが、彼と松山で会って話したことがあるんですよ。正岡子規国際俳句賞の授賞式のときですが、そのとき彼は「非日本語の俳句が、日本語による俳句よりも広がるかもしれませんぞ」と言って脅かすんだ。ただ彼はこう言っておった、「日本語のシラブルが構成する音数律によるリズムというものは、すばらしいと思う。英語では、これに匹敵するリズムはどうしても得られない。だから、我々はシラブルに代わって、ストレスによって音のニュアンスを出す」と。英語にはシラブル(音節、まとまって発音される音の一番小さな単位)や音数律(音節の数で組み立てる韻律)というものがない。だから、ストレス(音の強弱)でやるしかないということだな。ただ、彼は京都に長く住んで、日本語の俳句から多くを学んできたわけですが、英語にする過程で、どうしても日本語でなければ書けないことがあるということに気づいたわけだ。ひょっとすると、彼らのほうが日本人よりもむしろ日本語のシラブルが伝えてくれるリズムの良さというものに気づいているんじゃないかな。

時枝誠紀(もとき)という日本の言語学者が言っていることだけれども、日本語の音はそもそも等時性拍音からできている。拍音というのは、トントコトントコ、太鼓を叩くような音です。間が全く同じですから、のっぺりしたリズムです。それでは、強調してものを言おうとしたり、心を込めて歌おうとしたりすることができない。そこで、記紀以来、言葉を一字一字つるめて塊にして相手に伝えようということになった。つまり、ジャズの太鼓のようにリズムを加えるわけだ。

五七五はよく知られていますが、五七七の片歌(かたうた)形式というものもありました。いずれにしても、奇数字です。なぜ奇数字の塊なのか。それは奇数のほうが当たる音が強いからです。まず、奇数の字の塊を奇数個作る。それを一組として、奇数組作る。この奇数字、奇数拍、奇数組による表現形式が、日本語で作る詩のリズムの基本であるということなんです。

また、土居光知(こうち)という人が出した「音歩(おんぷ)説」というものがあります。一音歩は二音が基本ですが、一音の場合もあって、そのときはあとに停音(とどまる音)が来ます。例えば、「古池や」は/ふる/いけ/や○/の三音歩になります。○が停音です。さらに、音歩で読んでいくだけでなく、停音のところで一音が深く刻まれることで呼吸ができる。そうすると印象が深まる。それを「定型感」が深まると時枝さんは言っています。さらに/かは/づ○/とび/こむ/みづ/の○/おと/は七音を二一二二という四音歩ですが、停音の位置によって力の入れ方が変わってきます。それでリズムが複雑になるわけです。私が「構築的音群」(一九七〇年)と言ったことの気持ちは、そこにあるんです。

日本語は、そのままだと等時性拍音だから無表情なんだが、こうして奇数音と停音の組み合わせによってさまざまな表情が出せる。いろんな芸当ができる。これが日本語の稀なところで、ゲーリー・スナイダーが音数律には敵わなえ、オレたちはストレスでいく、と言ったところになると私は思っていますがね。

後編へ続く

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