日本語の詩のリズム|金子兜太さんに聞く(後編)

前編から続き>

―――日本語の音は無表情ですが、逆に文字は漢字、ひらがな、カタカナと多彩です。リズムと文字表記の関係はどうでしょうか?

複雑に絡み付いている。我々は漢字で「大仏」と書くけど、子どもは「だいぶつ」とひらがなで書く。ずいぶん印象が違う。ということは、音数律の読み方の違いが出てくるということなんだな。漢字で書いたほうが音の塊感が強くなる。逆にひらがなは音がゆったりする。ひらがなで書くと、音歩がきっちり踏めるからね。また「ダイブツ」とカタカナであえて書いてきたりする人もあって、これは案外感じが出せているんだな。そういうときは、漢字に直さない。そういう配慮もしますね。

また、飯田蛇笏の「をりとりてはらりとおもきすすきかな」のように、ひらがな表記だけの俳句やカタカナ表記だけの俳句もまた味なもんです。例えば、一茶の「やれ打つな蠅が手をすり足をする」なんていう句を「やれうつなはえがてをすりあしをする」とひらがなで書いたりすると、ほんとうに蠅がゆっくり手をこすっている動作が見えてくる。一茶という人間の顔が見えてくる。そんな感じがありますよ。

文語と口語もそうですが、漢字、ひらがな、カタカナという表記も一律にするのではなくて、さまざまな表記を自由に使いこなすところに日本語の豊かさがあるということです。だから、日本語の俳句は非常に難しいんですよ。

それから、中国には「漢俳(かんぱい)」という漢字だけの俳句がありましてね、非常に盛んです。私はそれで三十年前ぐらいから、十数回、中国へ行っています。四年ほど前も、漢俳学会という全国組織ができたというので行ってきました。漢詩の五言絶句のような感じで、五七五に漢字を一字ずつぶっ込んどけば、それで漢俳になる。漢字はご存知の通り一字一音だから、日本語で「かはづ」は三音だけれど、中国では「蛙(ア)」の一音ですむ。だから、彼らは五七五と並べると長過ぎるって言うんだな。五七または五五でいいんじゃねえかって。だからそういう問題が一つある。

それと同時に、彼らは韻を踏むんです。韻なんか踏んでも踏まなくてもどっちでもいいじゃねえかって思うんだけれど、彼らは詩を作るときの癖でやめられねえって言うんだよ。

やはり、向こうなりの習慣がある。一字一音をぶっ込むだけでは満足しない。面白いもんですな。日本語では音数律を、先ほど言ったようにきめの細かくあつかっておりますが、中国語にはそもそもそういうものはないじゃないかな。だから韻が必要だということになる。あくまでも俳句の音数律は、日本語の上に培ってきたものだから、そのまま中国語に持って行っても駄目なんでしょう。やはり、中国には漢詩の根っこがあるから、どうしてもその上にしか育たないということです。

一方、俳句には「切れ」というものがある。切れというのは、先ほど言った停音のことだけれども、さらに俳句には「や」「かな」「けり」といった「切れ字」がある。漢詩の韻のように音の繰り返しによる響きではなくて、切れ字による切れはとどめの響きなんです。切れ字で切るとたいへん強い音の塊感が出て、深く切れる。切れ字は使っても使わなくてもいいんだけれど、「切れ」と音数律のリズムは切り離せないものなんです。

―――季語は日本の風土や習俗をベースにできていますね。季語は海外でどうあつかわれているのでしょうか?

数年前に黄霊芝(れいし)という詩人が『台湾俳句歳時記』というものを作りましたが、北海道や沖縄ですら独自の歳時記を作ろうとチャレンジしているようです。フランスでもそういう動きがあるようですが、欧米では難しい面がある。それは、昔ドイツに行ったときに聞いたことですが、季語という共通語を表現形式の世界に設定すること自体が、自分たちの体質に合わないと言うんだな。おそらく、季語のフィクションというところに目をやらないからだろう。欧米人が表現という場合、個人的な行為ですからフィクションの共通語という考えは、なかなか受け入れがたいものがあるのでしょう。『英語歳時記』というものはありますが。

日本語の中の季語というものは、そのままでも美しい言葉ですが、音数律によるリズムにはまってこそ生きてくるというところがある。リズムは血ですから、季語をそのまま散文や普通の会話で使ってもなかなか血が通ってこない。定型の持つリズムは、やはり日本語の短詩形表現の根幹なんです。

私は、こういうことがわかってなくて、季語を特別なものであるかのように言うのが嫌いなんでね。何が特別なものか。そういうのは、宣伝文句です。

季語は、日本語の短詩形が生んだ言葉です。音数律と切れによるリズムの複雑さや、表記を含めた言葉の組み合わせの豊かさというものがあってこその言葉なんです。

いずれにしても、どの国の言語が優れているとか、劣っているとかいうことはないわけだから、むしろ各言語に固有の違いは違いとして、ちゃんと知っていくことが大切ですよ。

(2013年12月 聞き手:関根千方)

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