後藤比奈夫句集『白寿』『あんこーる』『喝采』

後藤比奈夫さんの句集『白寿』(2016年)『あんこーる』(2017年)『喝采』(2019年)から選をさせていただきます。比奈夫さんは大正6年(1917年)生まれということで、おんとし百二歳。おそらく、来年も再来年もまた続けて出されることでしょう。

この三冊を読んで感じるのは、まず諧謔に徹しているということです。これほど愉快な句集は読んだことがありません。しかし、たんに愉快なだけではないのです。それは、これらの句の向こう側に、老いや病と戦う百歳の人間がいるということが感じられるからです。その百歳の人間の心からストレートに出てくる言葉だから胸を打つのです。格好をつけたり、飾ったところが一つもない。どの句もすっと心に入ってきて、自然と目出度い気持ちになってくるから不思議です。

『白寿』

クリスマスローズそんなに俯くな

バレンタインデーがちらほらしてゐたる

フアシヨンといふ春寒きものを見る

朱欒には夢文旦に力あり

踊らずに喉を越したる白魚も

誰にでも道をゆづりて老の春

クリスマスリース虚のもの実のも

たこどない穴子どないと魚の棚
魚の棚(うおんたな)

黴の書も紙魚の書もぼろぼろの書も

雲一つなくて白寿の初御空

かと言ひて抱負もなくて老の春

雛のつくものみんな好き雛菊も

座禅草なりしつくづく座禅草

腰振つてゐる孑孒 といふ字かな

拾ひたる命しみじみ夜の秋

白寿まで来て未だ鳴く亀に会はず

『あんこーる』

しをりあり秋の扇となりしより

傀儡師めつむり傀儡目をひらく
傀儡師(かいらいし)傀儡(くぐつ)

散るさくらみんな散りたくなささうに

それはさて風もないのに散る花も

どちらから涸れしともなく夫婦滝

寒卵上寿に未来なしとせず

悴んでをるのは命ある証

花衣てふは心に着せるもの

一世紀何してをりし春逝くに

蠅はゐず蠅虎のゐる暮し
蠅虎(はえとりぐも)

端居してゐても亡き子のことばかり

大いなるものを失ひ一葉の秋

騙すべき相手なくなり万愚節

このさくら人のこころの中に散る

『喝采』

何にでも極楽のつく涼しさよ

ひとり来し花野ふたりで来し花野

これよりは赤子に戻り老の春

掌に受けたる独楽を如何せむ

桃の日や齢いくつにならうとも

春を待つ老の心を老いて知る

口中の燃えたる愛のチョコレート

チューリップにも定形を外すもの

人もかくあれと泰山木の花

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