どの石も菩薩なるらん夏花かな 松瀬青々

季語は「夏花」(げはな)。「夏花摘み」という季語もありますが、「安居」(あんご)の供花にするわけです。もちろん安居とは、仏教徒の修行のひとつで、僧が一箇所に集まってともに修行をすることです。雨期に行なうものが、「雨安居」(うあんご)で、真夏に行なうのが「夏安居」(げあんご)となるはずです。いずれも、仏教用語からきている言葉です。

この句を読んでまず、京都府伏見の石峰寺にある伊藤若冲の石仏群を思い起こしました。若冲が下絵を描いて、職人が彫ったものだそうですが、五百体近くあるので「五百羅漢」と呼ばれています。そこには、菩薩だけでなく、釈迦の悟りへのプロセスが石仏の絵巻のように、木々の合間に無造作に置かれているそうです。その石仏たちを実際に目にしたことはありませんが、写真や映像で見たところでは、若冲のあの細密な「動植彩絵」と比べるとは正反対で、ただ石を大ざっぱにざっくり削っただけの簡素な御姿です。しかし、どちらにも「俳句」から考えると、そのまま通じるものがあると思います。

若冲は家業を継がずに相国寺という禅寺に通いつめて絵を描きます。「若冲」という名を与えたのは、相国寺の禅僧です。若冲にとって描くことは、「行」だったはずです。要するに、若冲は画家というよりも、本来は在家の仏教徒なのだと思います。だから狩野派の技術を学んでいるとかいないとか、朝鮮絵画を模倣しているとかいないとか、そんなことは若冲にとって問題のもの字もないわけです。それは「行」のなんたるかを考えれば、わかることです。それがわからないと、絵だけ見ていて実は何も見えていないのと同じではないかと思います。

若冲の「動植彩絵」には、写実(リアリズム)の徹底によって写実を越えるところがあります。これは俳句における「写生」について考えるときに、重要なポイントになると思います。それは「客観写生」という言葉では、おそらく説明しきれないはずです。さらに、この晩年の「五百羅漢」は、俳句における「切れ」に通じるものがあると思います。一見、全くスタイルの違う絵画と石彫ですが、どちらも禅からとらえなおせば、俳句にも通じる「方法」が見えてくると思うのです。

このようなことを思うのも、たまたま先日、句会で江ノ島に行った帰りに偶々入手した西谷啓治の本を読んで、禅と俳句の接点、仏教と俳句の接点というものを考えさせられているからなのですが。そろそろ鈴木大拙と西田幾多郎を読んでみる機会なのかもしれません。西谷啓治は、西田幾多郎の愛弟子で、哲学者です。京都学派の中核です。有名ですが、鈴木大拙と西田幾多郎はともに一八七〇年石川県生まれで、中学の同級生です。西谷啓治は三十年ずれて一九〇〇年の同じ石川県生まれです。正直、このあたりの人は個人的にはずいぶん敬遠していた人です。その基本姿勢は変わりませんが、あくまでも「俳句」における行のひとつだと思って、少し学んでみようと思います。

さて、青々の句に戻ります。この句にも「閑」があると思います。石が菩薩に見える状態というのは、おそらく「閑」の状態ではないかと思います。あたり一面に生い茂った草木の茂みの中に石が転がっている。花を摘んできてみれば、どの石も菩薩であるように見える。こんな説明してもまったく意味はありませんが。夏花は供花ですから、根から切り落とされた花です。西谷啓治が「生花について」で書いていることでもありますが、花は根から切り落としたとたんに「儚さ」そのものとなると言います。それはまさに「虚」であり「空」であり「閑」なのではないかと思うのです。だからこの句は、季節のなかで移ろいゆく草木の時間を断ち切った「夏花」という存在が、「石」という不変の鉱物を通して静寂な時間をひらくということではないかと思います。

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