帯といて落たる秋の扇かな 松瀬青々

夏の暑い時分はさかんに使っていたはずの扇も、秋になって涼しくなると、だんだん使われなくなります。紙がたわんだり、骨や軸がほころんだりしていることもあります。故事でも秋の扇は女性にたとえることもあるそうですが、俳句では、秋の扇を通常の扇と区別して、格別の愛おしさをこめて、秋扇(しゅうせん)と呼んでいます。つまり、秋の扇という季語には、背後にはかなさを惜しむ気持ちや無常さを感じる気持ちがこめられているわけです。

類句を調べてみると、〈帯解けばばたりと落ちし扇哉〉という句がありました。明治の挿画家で俳人であった小峰大羽(たいう)の句です。どちらの句が先にできたのかは分かりません。大羽の句は夏らしく扇も躍動して感じられ、より即物的な動作と扇の音との相関関係に焦点があたっているように思えます。青々の句は、帯と扇とはなめらかにつながっており、むしろ「秋の扇」という季語に重心を据えた句になっていると思います。句自体もたんたんとしずかな音で構成されており、「秋の扇」という季語の味わいを無駄なく、素直に伝えていると思います。数文字違うだけなのに、これほど違うのかとあらためて俳句の深さを思い知らされます。

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