橋本鶏二『橋本鶏二全句集』

平成二年発行の『橋本鶏二全句集』には十冊の句集が収められています。今週は『年輪』『松囃子』『山旅波旅』『鷹の胸』の四句集の選句にとどめます。

『年輪』

渋搗の渋がはねたる柱かな
荒々しさのあと。

『松囃子』

烏蝶追ふ少年を少女追ひ

秋風や一草もなき噴火口

歩をすすめ秋風のふと手に重し

炉火よりも赤き熟柿をすすりけり

雌狐の尾が雄狐の首を抱く

火を埋むこころ埋むるごとくせり

落ち羽子のやや傾きて雪のうへ

存分に遊びし独楽をふところに

焚火してさきほどまではそこにゐし

『山旅波旅』

鮑海女天に蹠をそろへたる
蹠(あうら)。

大濤に横たはり透け鮑海女
海藻のような海女さん。
このイメージも繰り返し詠まれています。

火を噴きしあと静かなり山の秋
火の神の余韻。

勾玉の如く深き夏炉かな
あをき山がおぼろげに。

歩きつつふぶく銀河を仰ぎけり
くらくらくる。

浮かぶ海女のせて春潮撓むなり
撓(たわ)む

日輪に太き罅あり涅槃像
罅がありありと。

『鷹の胸』

蟹食ふや蟹の鋏を一具とし

いま落ちし氷柱が海に透けてをり

鮑波裂けつつ海女を入るるなり

彼らにも魚族の愁ひ熱帯魚

芸境は捨身の果に虹より来

鷹匠の指さしこみし鷹の胸

春潮は裂け巌々は相擁す

泳ぎゐる螻蛄を見て気をとりなほし

崩れたる秋波海女を磔に

糶声に目醒めて桶の海鼠かな

鶏二は自らを「写生の使徒」と呼ぶほどでありますが、全句集をあたまから読んでいくと、ただごとで終わっている句も多く、俳句の数は多いのですが、素材も似たものが多く、詠み方のバリエーションも少ない印象を受けます。さらに、同じような句が前にもあったなと思うことが、たびたびありました。例えば、こんな句です。

〈身のうちを炉火あかあかとめぐるなり〉『年輪』
〈炉火よりも赤き熟柿をすすりけり〉『松囃子』

〈石置いて火を沈めある夏炉かな〉『年輪』
〈勾玉の如く深き夏炉かな〉『山旅波旅』

ほかにも、巌、濤、鷹、海女など、同じイメージを繰り返し焼き直すような句作りが目立ちました。同じ場所を何度も訪れては句を焼き直し、詠んでいるのかもしれません。

とはいえ、句集に入っている句は、虚子選なので驚きます。ホトトギスの虚子選は絶対だったと思いますが、選句を虚子に依存して作句に励んだ作家は、句集を作る際、自選をあまりしなかったのかもしれませんね。

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