2017年7月_朝日新聞掲載句12句「火の玉」
「火の玉」 早乙女の降り立つ泥の歓喜かな 田の水の香に誘はれて鯰来る 泥の神鯰となつてをられしか 底なしの心にひそむ大鯰 鯰は知つてゐる国の造り方 また泥の煙と消えし鯰かな 白桃や一夜の霧に包まれて 太陽の君さながらに桃...
「火の玉」 早乙女の降り立つ泥の歓喜かな 田の水の香に誘はれて鯰来る 泥の神鯰となつてをられしか 底なしの心にひそむ大鯰 鯰は知つてゐる国の造り方 また泥の煙と消えし鯰かな 白桃や一夜の霧に包まれて 太陽の君さながらに桃...
二〇一四年、漱石から子規へ送った手紙があらたに発見されたというニュースがありました。手紙の日付は明治三〇年八月二三日。その中に未発表の俳句が二句ありました。 禅寺や只秋立つと聞くからに 京に二日また鎌倉の秋を憶ふ 二句目...
明治二九年、漱石は結婚します。その年、妻・鏡子は流産。ノイローゼ(ヒステリー症)から投身自殺の未遂をおこします。漱石は当時、鏡子と手首を糸で結んで寝たこともあったそうで、小説『道草』にもそのときの描写があります。 《或時...
漱石は手紙魔としてもよく知られています。『行人』や『こころ』のように手紙形式の小説もあるくらいです。漱石の句集をみると、手紙に書き添えた俳句が多いことに気づきます。様々な人に書き贈った俳句が収録されているのです。習作とし...
明治二九年の作品にも理想を詠んだ句があります。 累々と徳孤ならずの蜜柑かな 論語の「子曰く、徳は孤ならず、必ず隣有り」(徳不孤、必有鄰)を使った一句。徳のある者は決して孤立することはなく、必ず隣に慕ってくる者がいるとい...
漱石の俳句でもっとも有名なのは、明治三〇年、熊本時代の次の句ではないでしょうか。 木瓜咲くや漱石拙を守るべく この句は、陶淵明の詩「帰園田居」に出てくる「守拙帰園田」(拙を守って園田に帰る)が下敷きにされています。陶淵...
現存する漱石の俳句は二千五百句あまり。子規の俳句と比べるとその一割もありません。そのうち明治二八年から明治三三年までの約六年間に詠まれた句は千七百以上におよび、全体の七割を占めています。すなわち、漱石が松山中学校の英語教...