「ぬばたまの間」とは、木々の間にひらけた闇夜の空だろう。そこに夏の到来を告げるホトトギスの鳴き声が響き渡っている。その声をきいていたら、一夜が過ぎてしまったというのだ。
掲句を一読すると、あの『万葉集』を編纂した大伴家持を思わずにいられない。家持は政治的な事情により、都を離れ、越中に赴任する。『万葉集』には、この頃の歌が多い。たとえば、家持は都に残してきた妻を想い、〈ぬばたまの夢にはもとな相見れど直にあらねば恋ひ止まずけり〉〈ぬばたまの夜渡る月を幾夜経と数みつつ妹は我待つらむそ〉のような歌を詠んでいる。
さらに、万葉集にはホトトギスの歌が多いが、なかでも大伴家持の歌が圧倒的に多い。掲句同様「ぬばたま」とホトトギスが詠まれた歌もある。
〈ぬばたまの月に向ひてほととぎす鳴く音遥けし里遠みかも〉
この家持の歌も、遠く離れたところにいる妻を想っている。掲句には具体的な心の対象は描かれていない。視覚的な対象はすべて闇に溶かし込んでしまっており、読者の感覚をより聴覚的な世界のみに集中させる。つまり、視覚的な世界を潔く捨て去っている。だからこそ、よりこの闇の途方もない深さを詠み込めたとも言える。まるで、この深い闇の中から家持の心の声も聞こえてくるかのようである。
掲句出典:『吉野』