芭蕉の辞世の句〈旅に病んで夢は枯野をかけめぐる〉の本歌取りというか、本句取りです。もちろん芭蕉批判ともとれる句です。芭蕉にとって「旅」とは、反復強迫、つまり一つの「病い」だと思います。芭蕉には、心の内側から何度も何度もやってくる漂泊を強いる、定住を許さない、ひとつの観念のようなものがある。もっと云うと、この芭蕉がみる「夢」というのは、死の世界としての「枯野」をめぐるようなものなのではないかと思うのです。ところが、金子兜太の〈よく眠る夢の枯野が青むまで〉という句の場合、まるで焦りがない。どこまでも健康的です。元気に満ち満ちています。直接的に生のエネルギーに到達できる強さ、健康さが、やはりこの句のぐっとくるところです。芭蕉にも堂々と勝負を挑んでいるところも気持ち良い。芭蕉を乗り越えんとする一句と云っていいでしょう。