一山を洗ひだしたる夕立かな 飴山實

真夏の山は日光の直射にあたためられて、土や草木にたくわえられている水分もどんどん蒸発し、その水蒸気が空気中にある。その水蒸気が光に反射してゆらゆらと見える。山をとり巻くそのぼんやりしたものを、にわか雨が一気に洗い流してしまうと、草木が水分を含んだことで色のコントラストもはっきりし、見事な山がくっきりととあらわれる。それは、まるで事物としての山そのものであり、山の本来の姿があらわれ出たのような印象すらを受けます。山をつつんでいるほんやりした神秘性を雨が拭い去り、山それ自体の雄大さを直に受けとめるような感じすらします。さらに言えば、ひたすら動かない山の存在感と対比的に、川の水や草木の水分から水蒸気、雲、雨ととどまることなく変成する水の物質性が「洗ひ」の一語に明示されて描かれている句であろうと思います。

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