帯といて落たる秋の扇かな 松瀬青々
夏の暑い時分はさかんに使っていたはずの扇も、秋になって涼しくなると、だんだん使われなくなります。紙がたわんだり、骨や軸がほころんだりしていることもあります。故事でも秋の扇は女性にたとえることもあるそうですが、俳句では、秋...
夏の暑い時分はさかんに使っていたはずの扇も、秋になって涼しくなると、だんだん使われなくなります。紙がたわんだり、骨や軸がほころんだりしていることもあります。故事でも秋の扇は女性にたとえることもあるそうですが、俳句では、秋...
はたはたとは、飛蝗(ばつた)のことで、秋の季語です。冬の季語に魚のはたはた(鰰)があるので混同しそうですが、この句の場合は、飛蝗のことだろうと思います。昨年の秋、江ノ島で蜻蛉(とんぼ)の群れが、潮風に向かい合うて飛んでい...
夕暮れの庭に出て菊を切っている。ふと気づけば、茜色にひたりきってしまっているのだった。散文で書けば、こうなるでしょうか。この句は、視覚の句ではないと思います。夕陽の赤に染まった世界を見ているのではなく、視覚を狂わすほどの...
一読して、疑問をおぼえた人も多いのではないでしょうか。なぜ手を触れただけで胸まで濡れてしまうのかと。 この句には、中七の「濡ゝる」という連体形のあとに軽い切れがあります。この句を「取り合わせ」として詠めば、「草の花」は添...
この句には前書きに「仙台につく途はるかなる伊予の国をおもへば」とあり、はるか彼方に故郷を想ふ句であることがわかります。ホトトギスに掲載され、虚子が絶賛したことで、不器男が一躍注目を浴びることになった句として、よく知られて...
蜂の巣とは女王蜂を頂点にして様々な役割や働きのある蜂たちが集まって形成する一つの社会の「器」です。しかし、秋の澄みわたった川を流れていく蜂の巣には、満ち満ちていたはずの蜜もなければ、そこで生まれ育まれた数々の命のかけらも...
日本酒を最近おぼえたせいもありますが、実感として詠めます。句を詠んでいるだけなのに、ほんとうに憂きことが鼻から抜けていきます。松瀬青々は子規からの評価が高かった俳人で、関西のホトトギス派の重鎮だそうです。もともと数学が得...