蟻うごく目高の水をへこませて 飴山實
この句の中心は何処にあるか。蟻も目高も夏の季語ですが、焦点は蟻のほうにあっているので、たしかに蟻のほうに重心があります。分類するときは、蟻の句でいいのだろうと思います。しかし、蟻の重さをとらえているのは、へこんだ水の表面...
この句の中心は何処にあるか。蟻も目高も夏の季語ですが、焦点は蟻のほうにあっているので、たしかに蟻のほうに重心があります。分類するときは、蟻の句でいいのだろうと思います。しかし、蟻の重さをとらえているのは、へこんだ水の表面...
この句を読む人は誰しも、万葉集にある〈石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも〉という有名な一首を思い起こすことでしょう。石走る(いわばしる)は枕詞で、垂水(たるみ)とは滝のことだとされています。早蕨の「さ...
早乙女(さをとめ)とは、田植ゑをする女性のことですから、夏の季語です。頭の「サ」は、神様のことらしいです。さくらの「さ」も同じで、ちょうど田植ゑの時期に人々が豊作を祈る、その祈りの対象を表すのだそうです。さらに言うと、そ...
酒好きなら、この句の心はすぐにわかるでしょう。ただたんに、冷酒のグラスの氷がぐらりとまわった、というだけなら句にはなりません。ぐらりとまわっているのは、冷酒の氷のみならず、冷酒を飲んでいる人の酔いがまわるということでもあ...
中七の「夕陽」のあとで切れを入れて詠むと、下五の「子と沈む」にものすごい重力を感じると思います。読み手も湯の中に引きづり込まれて、湯に聴覚が密封されるからでしょうか、現実から遮断されたような感覚に陥るのです。湯に沈んでい...
小舟の舳(へさき)におかれている一本の百合の花。山百合か、姫百合でしょうか。ふと、この句を読んで思ったのは、この百合の花は供花ではないか、ということでした。その舟の行き来する河で亡くなった童女か、もしくは、船頭が先立たれ...
真夏の山は日光の直射にあたためられて、土や草木にたくわえられている水分もどんどん蒸発し、その水蒸気が空気中にある。その水蒸気が光に反射してゆらゆらと見える。山をとり巻くそのぼんやりしたものを、にわか雨が一気に洗い流してし...