死ぬふりを子蜘蛛ながらにしてみする 細見綾子
生きるために死んだふりをする蜘蛛の子。死んだものは殺せない。この真理を前に死すれば、大人と子どもの違いどころか、人と蜘蛛の違いすら意味をなさない。子どもながらにして、生きることに真っすぐな姿に心を打たれる。
生きるために死んだふりをする蜘蛛の子。死んだものは殺せない。この真理を前に死すれば、大人と子どもの違いどころか、人と蜘蛛の違いすら意味をなさない。子どもながらにして、生きることに真っすぐな姿に心を打たれる。
フンコロガシは日本にはいない。夏の季語とされるらしいが、定着はしていない。かつて古代エジプトでは、フンコロガシは天の運行を司る神であったそうだ。糞を転がすごとく、天体を転がすというわけである。実際、フンコロガシは太陽や月...
この句を思い出すたびに、なぜか、Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)という、札幌農学校のクラーク博士の言葉が脳裏に浮んでくる。
竜安寺と前書きがある。方丈とは寺院の建物のこと。この句はさまざまな読みができる。例えば、この句を三次元のパースの中においてみれば、方丈の大庇のゆったりとした流線と、蝶の不規則に上下する小刻みな曲線が奏でる音楽のようにも見...
交換様式Dについて、ざっとまとめておこう。
地蔵に供えられた樒(しきみ)が野火につつまれる。おそらく地蔵もろともに。蕪村といえど、これはなかなか絵にしにくい光景であろう。蕪村は雪や雨、灯りも巧みに描いたが、炎は描いていないのではないだろうか。この句を詠んだとき、蕪...