加藤楸邨三〇句(千方選)
僭越ながら、加藤楸邨三〇句選をさせていただきました。
僭越ながら、加藤楸邨三〇句選をさせていただきました。
一茶の〈雪とけて村いつぱいの子どもかな〉と、金子兜太の〈曼珠沙華どれも腹出し秩父の子〉との間にあるような句である。戦時中の貧しき村の様子が目に浮かぶ。今も世界の至る所で、このような光景に出くわすはずだ。
卵の形状をあらわしただけの句ではないか。一読したときはそう思った。しかし「寒卵」という季語を中心によく読んでみると、それだけではないことに気づいた。食べ物の少ない冬の時期にあって、いただく卵の命はとりわけありがたい。下五…
金子兜太さんといとうせいこうさんが、中日新聞・東京新聞で今年の元旦から「平和俳句」のコーナーをはじめた。投稿される俳句の中から、毎日一句ずつ掲載している。 ファナティックな感じが出てしまうと平和俳句にはならないし、逆に平…
昔々あるところに。こう始まる昔話を思わせる一句である。英語ではOnce upon a time。学者によれば、「この話は嘘だから信じなさんな」という宣言なのだそうだ。しかし、この句は必ずしも嘘とは言えない。この星に生命が…
飯田龍太はある俳話の中で、俳句を野面(のづら)積みの石垣にたとえている。 《一見無造作に見えて驚くべき合理性とその耐久力は、石の見える部分より見えない部分に何倍かの力が隠されているためであるという。しかも、あの石垣は、何…