帰るところがないのだ。しかも、その帰るところがないというところへ「帰る」というのだ。それは漂泊の一語で説明のつくことではない。私は、この句を読むと、坂口安吾のエッセイ「文学のふるさと」や「日本文化私観」の一節を思い出さずにはいられない。母も、妻も、子もいないところへ「帰る」というのは、かなしいことである。しかし、このかなしさの自覚の上にしか、秋風のやさしさはありえない。
出典:『定本普羅句集』
帰るところがないのだ。しかも、その帰るところがないというところへ「帰る」というのだ。それは漂泊の一語で説明のつくことではない。私は、この句を読むと、坂口安吾のエッセイ「文学のふるさと」や「日本文化私観」の一節を思い出さずにはいられない。母も、妻も、子もいないところへ「帰る」というのは、かなしいことである。しかし、このかなしさの自覚の上にしか、秋風のやさしさはありえない。
出典:『定本普羅句集』